「ふぅ…」
レベル上げも順調で、少し休憩しようと、敵がいないことを確認した上で傍らの木陰に腰を落とす。
HPも半分以下になっている状況では、いざという時にピンチになってしまうから、俺はこまめにヒーリングを欠かさずに戦闘を進めている。今まではあまり絶体絶命のピンチなんて迎えたことはないんだけれど、保険をかけておくに越したことはない。
そんな矢先、一休みしていると、近くで唸り声が聞こえた。
ビクッとして体を起こして振り向いた先には、いなかったはずのヤグードが自分を狙って殴りかかってこようとしている瞬間だった。
「……っっ!!」
慌てて身を起こし、戦闘態勢に入る。
完全に回復したわけではないけれど、ある程度はHPも戻っていたから、なんとかいけるだろう、と思った次の瞬間に、今度は後ろから殴られる。
いつの間に?!と思ったところで、絡んできたヤグードが消えるわけじゃない。
俺は必死になって防御と攻撃を繰り返し、1匹目のヤグードを撃墜する。
けれど、残りのもう一匹を相手にするには、その時点でHPがかなり減っていて、やばいかも、と思うには十分だった。
それでも、たとえ戦闘不能になったとしても、最後の最後まで逃げたくなかった。だから俺はヤグードに必死で殴りかかった。
「ケアルⅡ!」
そんな瀕死の状態で今にも戦闘不能になりそうなその瞬間、聞こえた声と共に自分に降りかかる回復魔法。
一瞬のうちに危なかったHPが回復し、押されていたはずの形勢は逆転。その勢いに乗せて、俺は一気にヤグードを倒すことに成功した。
肩で息をしつつ後ろを振り返ると、そこにはどこかで見かけたワーキングスーツのエルヴァーンがいた。
「あの、ありがとうございます」
「いえ、無事で何よりです」
お礼を述べて軽く頭を下げると、そのエルヴァーンは優しそうに微笑んで、「お気になさらず、頑張ってください」とそう告げて、再び素材狩りへと戻っていった。
そんな出会いをした1日目。
一晩明けての2日目にも、俺が同じ場所に向かうとすでにその人は昨日と同じように素材狩りをしていて、特に向こうが俺に気づいた様子もなかったから、俺はそのまま素通りして再びレベル上げのための戦闘を開始した。
そして、俺は再び過ちを犯してしまう。
どうして気づかなかったんだろう、そんなことを頭によぎるけれど、その敵を目の前にそんなことを考えている余裕などなかった。
いつのもヤグードと思って殴りかかったそいつは、いつもと違っていた。
どこからまぎれたのか、いつもの楽や丁度の強さのヤグードとは違い、そいつの力は十分に強く、俺の打撃はいつもの半分以下しかヒットしない。防いでもかなりのダメージを食らっている俺は、後悔を頭の片隅で思いつつも、必死でこの敵を倒す打開策を考えていた。
けれどどんなに考えても、この力の差を埋める方法などなくて、ただジリジリと削られていく自分の体力を感じながら、必死に反撃を繰り返す。
今度こそ、もうだめだ、と思った。
自分の甘さを痛感した。
けれど、そんな思い描いた最悪の結果には、ならなかった。
俺は奇跡だと思ったんだ。
「ケアルⅡ、ケアル!」
立て続けに聞こえる回復魔法の声。自分に振り注ぐその力。加えて補助魔法。
昨日と同じくして、俺は体勢を整え直し、再び力をこめて目の前のヤグードに殴りかかった。
勝てないはずだったその敵が崩れ倒れたことを確認した次の瞬間には、俺もその場にへたり込んだ。
もう限界だというように、俺の手は震えていて。
やっと一息つけた時には、助けてくれた人はその場から姿を消していた。
お礼を言いそびれた、とその瞬間に気づいて彼を探したが、結局見つからず、俺は今度こそ油断しないようにヒーリングのために腰を下ろした。
そんな事件もあった5日目。
俺は再びギデアスの同じ場所にいた。
けれど一昨日も昨日も今日も、レベル上げのためじゃない。
そう、何が目的かって言われたら、一つしかない。
「……お礼言ってない」
ただそのためだけで。
2度も助けてもらったのに、それこそ2回目なんてお礼も言わなかったし。
探したけれど見つからなくて、一昨日も昨日も来たのにいなかった。
どうしてもどうしても、自分としてはお礼を言いたくて。なんでこんなにこだわってるのかっていうのは自分でもわからないけれど、でもどうしても、という思いが消えなくて、今日もここに来ている。
「……もう会えなかったらどうしよ……」
思わずそんな言葉も漏れてしまうほどに、俺は、彼に、会いたいんだろうか……
ぼんやりとしてヤグードのいる広場から少し離れた細い通路わきに体を預け、その場にたたずむ。
昨日も一昨日も、こんな様子で俺はただ一日を潰した。
どうせならレベル上げでもしてればいいのに、と自分でも思ったが、その瞬間に彼が通り過ぎていってしまったら、と思うと、ただずっと人影だけを探してしまってレベル上げどころではなかった。
名前も知らない、それこそただ2度助けてもらっただけの、ろくな会話もなかった、そんな相手に、俺はどうしてこんなに固執しているのか、自分でもわからなかった。
そんな矢先に聞こえた声。
「こんなところでぼうっとしていると、また敵に絡まれてしまいますよ」
「……!!」
反射的に振り返るとその視線の先には、赤と黒を基調に、黄色のラインを入れた装甲に身をつつみ、白い羽根付きの赤い帽子を被ったエルヴァーンがいた。
目深に被ったその羽根付き帽子の下の顔が、上手く見えず、けれどいつか聞いたその声に、俺は声もなく彼を見やる。
「えっと、覚えてます?……私のこと」
そう言って彼は控えめに帽子を取り、どうも、と頭を軽く下げた。
帽子の下から現れたその顔は、3日前に助けてくれたその人の顔で、忘れるなんてとんでもない、と俺は彼の問いに思いっきり首を縦に振った。
「あの時、急遽呼び出しがかかってしまって、気にはなったんですが……大丈夫でしたか?あの後」
そう言って、おそらく3日前のことだろうことを心配して聞いてくる彼に、俺は必死で頭を下げた。
「ぜ、全然大丈夫です!本当にあの、ありがとうございました!助かりました!」
そう、良かった、と安心した様子で微笑む彼を俺は凝視するしかなくて。驚きと感謝と嬉しさとなんていったらわからない感情が溢れて、俺は呆然としてしまう。
そんな俺の様子など気にもとめずに、彼はすっと手を差し出した。
え?と思って、今度はその手を凝視すると、今後は思いもよらぬ声が聞こえて、俺は再び振り仰ぐ。
「グラフェイトと言います。よろしかったらフレ登録をしていただけませんか?」
振り仰いだその先には、にっこりと微笑む彼-グラフェイトさん-の顔が。
立て続けに起こる出来事に、俺の頭はいっぱいいっぱいになりながら、それでも精一杯に応えた。
「お、俺はテュルースっていいます!こ、こちらこそよろしくお願いします!」
そうして差し出された手を握り返して、俺とグラフェイトさんは出会ったんだ。
つづく